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ギョーカイ徒然日記
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この間、ある女性ボーカリストを取材した。
彼女は、それまで彼女ずっとサポートしてきたプロデューサーから離れ、
一人立ちしての第1弾を作り上げたばかりだ。
その新作は、持ち前の知的センスに心地好いグルーヴ感を加味した佳曲だった。
それはさておき、
その彼女に関するとある風評が流れてきた。
一人立ちしたのは、恋人関係にあった件のプロデューサーと別れたためだ、と。
その真偽は定かではない。
おまけに、他人の色恋沙汰にはさほど興味はない。
それ以前に、
一般的に取材は楽曲のプロモーション的要素が強いものだから、
例えばその人が結婚したとか交際宣言したことが公になった場合を除き、
色恋沙汰に関する質問はしないことが暗黙の了解事項になっていたりするので、
取材中、そこに触れることはまずない。
その曲を語るうえでは欠かせないネタであっても、ご法度はご法度。
ただ、こちらの興味の有無に関係なく、
「アーティストのプライベートに関することは訊かないで下さい」
と、前もってクギをさされるケースもある。
(とくにアイドル性も売りにしているアーティストの場合)
「そんな事、知ったことか」と心の中で息巻いてみるものの、
話がこじれてもウザッたいので訊くことはない。
訊くことはないが、
できるだけそちら方面の話にならないように一応気を遣う。
アーティスト側も、そのピンポイントを避けて話をするから、
なんだか奥歯にものが挟まったような、
霧に包まれたような、
消化不良な会話に終始することもある。
余談だが、
何年か前に、布袋寅泰との離婚が決定的となり、
取材場所のレコード会社のロビーにまでマスコミが大挙押し寄せていた最中の、
山下久美子に話を訊いた(取材した)ことがあった。
その建物全体が一種異様な張り詰めた空気に包まれ、
スタッフはその話題に触れないように、そして触れられないように神経をすり減らし、
「大変ですねぇ」
なんてことも言えないまま、
「離婚って、想像以上にエネルギーを使うことなんですね」
なんてコメントも聞けないまま、
お茶を濁し気味に取材を終わらせ、
どこか血の巡りが悪いような感覚を抱いたまま帰路についた覚えがある。
そういえば、確かあの時の曲(タイトルは忘れたが)は、やけに切ない曲だった。
愛しい人を失った女性の愛惜や哀切が作品の隅々にまで漂っていた。
でも彼女は、そんなプライベートな話はおくびにも出さないようにしていた…。
だけど、と思う。
恋はしない、
うん○もしない、
ましてやS○Xなんかもってのほか、
という、公私を完全に分離したアイドル(今どきそんな人いるか?)ならまだしも、
日々の痛みや苦悩や喜び…etc.といったいろんな感情を楽曲に投影する、
“公”も“私”もへったくれもないJ-POP アーティストたちにとって、
(あくまでも曲作りにおいて、である。
写真誌やファンにつけ回されることには同情するが)
恋愛中の充実感や、失恋の痛手は、
曲に反映されて当然の心の動きに思える。
つまり、
「先日、噂の彼女と別れたばかりだから、ハッピーな曲ができなくて…」
とか、
「新聞にスッパ抜かれた彼とはうまくいってるけど、
この恋にもいつか終わりがくるのかなって思うと不安で不安で…。
そんな気持ちを曲にしました」
「結婚しただけじゃなく、子供も生まれたから、
作品に込める思いも変わってきましたね」
なんてコメントが、取材中、日常的に交わされてもよさそうなのだが。
もう、アーティストにおもねた質問や、
お決まりのプロモーション・トークはたくさんなのである。
そんなインタビュー記事なんて、読んでても面白くないと思うし。
もっとフランクに腹を割って話がしたい、ただそれだけなんである。
近果して、そんな日はやってくるのか?