| BACK |
ギョーカイ徒然日記
|
再開の予定のない活動休止を決めた真心ブラザーズの桜井秀俊に会った。
いつも笑顔を絶やさないハートフルな彼だけど、
(活動)休止に至る経緯を話す彼の眼差しは、
どこか寂しげに、そしてちょっとだけ悔しそうに見えた。
そして、事実、彼はインタビュー中に「残念です」というコメントを繰り返した。
休止を切り出したのは倉持らしい。
桜井にとって倉持の意志表示は予想だにしていなかったことらしく、
彼曰く、3日間考え抜いたという。
そして同意した。
あくまでも憶測の域を出ないのだが、
桜井は、不本意ながら、もっといえば、
渋々、倉持の気持ちを汲んだのではないかと思う。
もちろん彼は“不本意ながら”とか“渋々”なんてことは言わない。
同意する以上、すべてを建設的に考えようともしていることもわかる。
これまでもソロプロジェクトの動きはあった。
ただこれまでと違うのは、
真心を続けながらではソロワークに没頭できない、
真心にけじめをつけなければ次に進めないんだと考えた倉持の気持ち。
二人の気持ちが同じ方向を向いていなければ、
真心ブラザーズが存在しえない以上、
桜井は同意せざるを得なかったのではないかとも思う。
あらためてアルバムを聴く。
やっぱり二人は別々の方向を向いている。
ここにいるのは“真心ブラザーズ”ではなく、
桜井、倉持という二つの“個”。
なにも交わっていない。
ファンは好意的に迎えるであろう。
でも音楽シーンの傍観者としては“?”なのである。
最後のシングル「人間はもう終わりだ!」。
桜井はこれをひとまずの最後のシングルにはしたくなかったといった。
最後くらいはピースフルな、二人が調和した作品にしたかった、と。
倉持の言葉も聞かずに推測するのは気がひける。
だけど、二人のビジョンも考え方も全然違っているという印象。
なのに、アルバムのラストでは、
桜井作品を倉持が歌うという“調和”が見える。
いろんな媒体で倉持は“純粋に歌いたくなった曲”というような発言をしている。
それは事実なのだろう。
だけど、休止にたどり着くまでの経緯や、ラストのシングルの話を含む、
ここまでの流れを考えると、ちょっと疑ってみたくなるくらい不自然でもある。
せめてものお慰みとは思いたくない。
いっそのこと、二人が仲違いをして、
「もうあんたとはやっとられんわ」
って終わるほうがすっきりしたかも知れない。
桜井はすべてを前向きに考え、
時折私情が口をついて出たが、
真心ブラザーズのメンバーとして、大人の発言をした。
現状を真摯に受け止め、次なるエネルギーに転化している様子はよくわかった。
でもそれはうわ澄みに過ぎない。
その下でどれだけドロドロした感情が渦巻いたかははかり知れない。
アーティスト&作品のプロモーションが最優先の、
いわばA&R広報誌のような音楽雑誌なら、
そんなうわ澄みだけでも成立する。
だけど、音楽ジャーナリズムのフィールドに立つ者としては、
少なからずのはがゆさが残るのである。
ことわっておくが、
別に誰かを蹴落とそうとか、
誰かの足を引っ張ろうなどとは微塵も思ってはいない。
事実を伝えたい、それだけなのである。
p.s.:前々回の「取材後記<桑田佳祐編>」の内容削除に関しまして、大変多くの問い合わせと反響をいただきました。何の説明もないままの一方的な削除に疑問を抱いた方もたくさんいらっしゃいました。そうするに至った詳しい経緯は、いずれ明らかにするつもりでいます。その前にどうしても知りたいという方、その他ご意見ご感想をお持ちの方は、webmaster@jpopfront.com までご連絡下さい。